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2月。夕方までひたすらレポートの採点。『ブックスマート』について好意的な内容が多かった。レポートを課す授業ははじめてだったが、どこまで出題側が枠を用意するかさじ加減がなかなか難しい。

1日なので、という言い訳のもと渋谷へ。『花束みたいな恋をした』を。トイレで会った知人がなぜか真横の席で、野郎二人でノーマスクでポップコーンを食い散らかす糞カップルたちに囲まれながら観る羽目に。途中までは最悪だと思っていたが、後半の予想外の展開で事態は急変、終映後は周辺カップルのリアクションをじっくりと堪能して帰路に。知人が主人公二人がどこの大学かというゲスな視点を持ち出してきて笑ってしまったが、確かにそのぐらいは裏設定で決めてそうな感じもした。将来的には注のない下流中堅大学生バージョンの『なんとなく、クリスタル』みたいな作品として位置付けられることになるのだろうか。

劇中の会話に登場する膨大な固有名詞についてtwitterで調べたり話したり。坂元ファンを選んだのかは不明だが、それっぽい文科系若者のインスタアカウントを参照して選出したものらしい。ラストの世代間遷移へのフリとしてはベタながら機能していたような気はした。ただ同時にある種のサブカル趣味の人の最大公約数を取りに行った結果として、ちょっとステレオタイプな感じにはなってしまうよなとも。

映画館の固有名すらバンバン出てくる一方で、なぜか映画監督の名前は出てこないのが面白いなと感じていたが、押井守、宮崎・新海とアニメ監督は普通に出てきていたのを完全に忘れていた。海の場面でスマホで自分の足元を撮影するところやヒロインが影響を受けたブログがはてなだったりとかも、似た意味の時代風俗として笑える演出。見た範囲での坂元脚本ドラマでは固有名に頼っていた記憶は一切ないので、「ANONE」のスマホ周辺やネットカフェ環境の取り込みなどと同様、同時代性を引き出すためのツールの一つとして今回注目してみた、というところか。なかでもパズドラのくだりなんかはまあ上手いなと思った。はてなのくだりではなんとなく雨宮まみや、さらに遡って二階堂奥歯とかを思い出したりも。その他、原作絡みで実名にできなかったのかもしれないが、『わが星』は行ったなあ、とか。言及されない固有名でいうと濱口竜介への目配せはちょっと気になった。主人公の名前が麦(むぎ)、多摩川沿い散歩は『親密さ』を、同棲アパートベランダから川を眺める場面は『寝ても覚めても』を思わせるし、主人公カップルの関係性は『寝ても覚めても』及び逆『PASSION』では、などなど。タイトル的に本作と特に関係が深そうな坂元脚本の「最高の離婚」を見てみたくなった。

その他、ヒロインの髪型変遷やオダギリジョーとのくだりなど、省略しつつほのかにDVや浮気の可能性を仄めかす演出には好感を持った。あと、猫をめぐるじゃんけんで(たしか)パーで菅田が勝つさりげなさ。

国がどうしようもないせいでついつい来年度新しく始まる購読の教科書をレセムの『ゼイリブ』論にしてしまう。

 

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成績付け、アンケート、来年度シラバスなどの雑務を全てなんとか終える。疲れた。

夕方走りに行った時の思いつきで、今年度コメディ映画を扱ってあまりうまくいかなかった授業を来年度は大統領スピーチに変更。全部就任演説で揃えようかとも思ったが、レーガン、ブッシュあたりは戦争がらみのものにしてみた。

 

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どうしてもやる気が出ずベッドから出られず長時間だらだら。昼過ぎから文芸坐。見逃していた昨年のブラムハウス映画二本。どちらも単に時流におもねるわけではなく、今可能な暴力表現と本気で向き合おうとする工夫が随所に見られて良かった。

『透明人間』、ラストではっきりと主人公が狂っていないことを示してしまうのは、時代の要請を考慮すれば仕方ないとはいえちょっともったいなかった気がするが、最後に旦那の家に行く手前までは随所に唸らされた。まずはDV男の恐怖を透明人間と重ねるアイディアがとにかくはまっていた。『ミッドサマー』とかの滑り具合と比べると雲泥の差。逃げ込んだ家が舞台になってから時折透明旦那目線のエンプティショットを挟んでいくあたりは上手いし、朝飯が燃える無人のキッチンから消火器で消すまでの流れなんかは特にぐっときた。ゆっくりしたパンで無人の空間を捉えるショットを折に触れて挟む演出も、まあよくあるやつではあるが、もしかしたらここに?という緊張感を超安値でうまく醸し出してるなあ、と。『ヴィジット』あたりと同様に屋内シーンメインで進む中で、目先を変えながらサスペンスを維持しつつ笑えもするというのは良いバランス。2時間超えちゃってるのはどうなのかとも思ったが、特に弛緩しているとは思わず。兄貴がらみの場面はもう少し削れたかもしれないが。病院での旦那VS警備員のバトル場面や逃げた先の家での夫婦喧嘩場面では、旦那側が透明を保つことで割とコミカルになってていい感じだと思ったが、文句言ってた某先輩は透明同士で戦って欲しかったと書いていた。それだと確かにバカバカしくて笑えるが、ヴァーホーヴェン版やシャマランのノリになってしまうような...。徹底して決定的瞬間は見せない、という演出にも非常に好感を持ったが、その方向性ならやはり最後もう一捻りしてやっぱりこいつ狂ってたのか?という線を残して両義的なラストにして欲しかったような気もする。その他、消火器や脚立など小道具の活かし方、さりげない過去作オマージュももなかなか気が利いていた。

『ザ・ハント』、事前情報ゼロで観たが最高だった。ホラーとお笑いだけは常に現在進行形で追わないといかんな、と改めて。とにかく今のSNSやネット周辺に渦巻く悪意の取り入れ方が痛快。ネタがベタに読まれてフェイクニュースとして拡散されるところから始まる悪意の連鎖。現在進行形のサブカル大御所たちの無益な喧嘩なども想起して笑ってしまった。レビューサイトやトランプ周辺からの評判は散々だったようだが、2020年時点のバランスとしてアウトすれすれを絶妙に突いたからこその強い反応だったのでは、という気がする。ちゃんと観れば単なるラストベルト貧乏白人批判ではなく、むしろそういったラベルを貼りつつも表面では耳触りの良いことしか言わないリベラル層により鋭い刃を向けていることは誰でもわかると思うが、まあ特にトランプとかが怒ってたのは設定とか予告編だけの印象からだろう。映画全体の内容からすると誤解に基づいて批判されて上映中止とかになってるのも興行としての結果を無視すればむしろ美味しいというか、それこそ作中の構図そのまんまだよな、と。序盤のモブキャラたちの死に方、リベラルな思想に殉じて死んでいくバカな女キャラ、ボスが自分の間違いを決して認めないところなど、ツボに入ったところは多数。ボスだけ有名女優だからと顔出しを引っ張るのとか、最後に動物農場パロディをめぐる説明的な会話を入れちゃうところとかは全く乗れなかったが、全体としてはお見事という印象。何より、どんな人物をどういう設定なら後ろめたさ抜きで画面上で惨殺できるか、から逆算しているのが明らかなのが潔くて良い。シャマランの恩人である時点でジェイソン・ブラムのことはずっと信用しているが、ブラムハウスの層の厚さに驚いたので、今後はA24なんか目じゃないぞとばかりに推していきたい。

ホラーやコメディと情動の関係は小説・映画双方で長い時間かけていろいろ考えていきたいところ。とりあえず先日から人文系に寄りすぎない良書として以前に戸田山『恐怖の哲学』でノエル・キャロル本と並んでかなりがっつり紹介されていたプリンツ『はらわたが煮えくりかえる』を読み始めたところだが、様々な対立する説を一つずつつぶしていく感じの議論が続くのでかなり読みづ(×ず)らい。

 

24

超重い腰を上げようやく博論見直し2章分。自分史上一番校正したはずなのに細かいミスが結構見つかってしまう。人間の目は不思議。

夕方ユーロスペース。今更になって佐藤真『阿賀に生きる』をはじめて観た。圧巻。舟大工遠藤さんの表情の変遷だけとっても凄まじかった。撮影小林茂さんの感覚が確かに小森さんの『息の跡』や『空に聞く』にまで繋がっていることがよくわかった清田さんとのトーク含め、ある意味『日本に生きる』に近い状況下で今観られてよかった。自分たちは裁判ドキュメンタリーにするより生活の機微を捉える方にフォーカスするべき、という確信から帰結する、かっこよすぎる餅つき場面の重要性。水俣病との関係がほとんどない家での食事場面や小さな揉め事の場面の方がかえって強く脳裏に刻みつけられたりするという。単に的確というのとも違うんだけど、カメラ位置やら被写体との距離感やらにハッとさせられる場面だらけだった。特に遠藤さんの船周りと長谷川さん?の田んぼのところ。進水式の撮り方はそっちからなのか、とか。トークのお二人も観るたびに新しい発見があると言っていたが、ニュープリントフィルムで観られる機会にはまた駆けつけたい。

夜、クドカンのドラマ『俺の家の話』二話録画で。思った以上にプロレスはメインプロットとまだまだ関わってくる模様。すご。対老人詐欺師と見せかけて戸田恵梨香が誠実に仕事して対価もらってるだけっぽい展開になったのにはさすがに驚愕。能、プロレス業界や遺産相続に関わるシビアなカネの話ばかりか、介護の低賃金という問題にまで切り込んでおいて完全にコメディとして成立してもいる。奇跡的なバランス感覚。

 

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完全に生活の一部になっていた金属バットのラジオ、更新が途絶えると落ち着かない。

今日は博論2章分と1セクションで力尽きる。どうも1日に集中して確認できる分量には限りがある模様。なかなか派手な改行ミスや引用ミスをやらかしており冷や汗。余白とか直していた時にずれたのかと思うが、さすがに我が事ながらびっくり。若干細部忘れた状態で読み直してみて、内容的にはうわーおもしれーとまではいかないものの、まあそこまで最悪というわけでもないか、とは思えたので良かった。

夕方走って筋トレして長風呂したらやはり体調はいい。4月からは対面だらけで嫌でも歩数戻りそうだが、3月までどう運動量確保するかは考えた方がいいのか。夜、現実逃避で久しぶりに日記。とりあえず2月入ってからのものを。